日記・コラム・つぶやき

古河のおすすめラーメン屋1

noodle 古河市の下大野?久能?どちらかにある、とりせん近くのお店で

 「中村屋」

というラーメン屋さんはいついっても混んでいる。

 醤油ベースの佐野ラーメンで、チャーシューはうすぎりである。

 餃子はでかく、やさいがたくさんはいっているので、3個でも結構な量になる。店員は女性ばかりで、ラーメン屋の力強さはないが、接客などは女性ならではの行き届きがある。

 おすすめ チャーシューメン

        餃子3個

        ライス

 結構人が来るので、平日がおすすめです。下大野小学校の前の通りを古河方面に進むと右側に見えます。手前にとりせんやコメリがあるから分かると思います。

                    優良可判定  優80点  

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声援

  声援

「翔君しっかりしなさ~い。」

僕はスタンドに目をむけると、そこには由美がいた。僕が気づくと、満面の笑顔で由美は手を振ってくれた。そして大きな声で

「頑張れ 水嶋」

「頑張れ ホーリーホック」

と何度も連呼してくれた。

 僕は彼女をみるうちにしっかりと意識がもどっていき、ドクターに

 「いけます」

といい、ピッチへともどっていった。

 まさかくるとはなと思いながら、僕は少し微笑んだ。

  試合はプレスがかからなくなった仙台に対し、水戸がカウンターでゴールを狙う図式が出来つつあった。しかし中々得点が出来ずに、試合は後半のロスタイムとなった。

 仙台のコーナーキックは、僕以外全員守備につき、仙台も2人以外はゴール前にいた。

 キッカーが蹴ったボールはゴール前で大きく跳ね返され、僕の手前へと転がってきた。僕はボールをトラップすると、そのまま最後の力をふりしぼって、ドリブルに入った。サポートはない。寧ろチームは限界だった。だから僕は一人で前だけ向いて突き進んだ。相手は2人だが、一人は抜き去り、もう一人は体を入れ替えて交わした。残るはゴールキーパーのみとなり、僕はやや強めでシュートを放った。キーパーの手にかすり、ボールはクロスバーに当たった。僕はドリブルの勢いのまま頭から突っ込んだ。足がつっていたからだ。

 かろうじて頭にあたり、ボールはゴールへと吸い込まれた。

 ゴールが決まった瞬間、仙台サポーターは沈黙し、水戸サポーターは歓喜にわいた。

 僕はベンチに×サインをだした。もう足がつって動かなかったからだ。試合はその後1分水戸が耐え抜き、水戸が勝利した。そして仙台の4位と、水戸のJ2残留が確定した。

 僕はスタッフに抱えられて、最後の挨拶に回った。

  第14章   君のために

 大きな声援の中、アナウンサーがこういった

「本日のヒーローは、ゴールを決めた水嶋選手です。おめでとうございます。今日は水嶋選手にマイクを渡して自由に話してもらいましょう」

そういうと僕にマイクを渡し、サポーターへの思いを伝えてくれといわれた。

本来なら最後だけに一年間の感謝を言うべきだろうが、僕はいいたいことはこれしかないと考え、思いの丈を話した。

「サポーターの皆さん、一年間ありがとうございました。無事、勝利し、残留できたことをうれしくおもいます。

 私ごとですが、シーズン中に何度かお話を頂き、他のチームに移籍しないかと誘われました。悩みましたが、自分には水戸しかないと残留しました。みなさんには心配かけましたが、来年は水戸でJ1を目指したいと思います。ですから残留します。移籍はしません。

 あともう一言、実は結婚をしたいと思います。この場でいうのは場違いかもしれませんが、いわせてください。

 江原 由美さん  世界で一番愛してます 僕と一緒に水戸で暮らしてください。結婚してください。」

 僕はスタンドの由美を指差していった。

 由美は目にハンカチを当てながら、大きく両手で丸を作ってくれた。僕はサポーターに

「無事、OKをもらいました。来年は夫婦で水戸ホーリーホックをJ1に連れて行けたらと思います。頑張ります」

といってお辞儀をした。

 サポーターからは祝福の声が聞こえた。

 「日本一のサポーターだ」

 僕はそう思いながら手をふった。

 由美のしたまで来ると、僕はスタンドによじ登り、由美の前に立ち、もう一度プロポーズをした。

 今度は笑顔で受け止めてくれた。

 彼女は言った。

 「もう家族のことは考えずに、私の幸せを考えます、宜しくお願いします」と、

 僕は由美を抱きしめた。

 サポータの歓喜と祝福の声、青い空、そして未来まで続く市民球団水戸ホーリーホックが僕らを祝福してくれた。

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声援

 運命の日

 J2最終日、

水戸市

の陸上競技場にベガルタ仙台を迎えた。相手の仙台は、負けた場合は4位となり、勝てば3位で入れ替え戦を迎える。それだけにモチベーションは高かった。いっぽうの水戸は、JFL降格のラインに対して勝てば、残留する順位となっている。負ければ、入れ替え戦に行くこととなっていた。形は違うが両チームとも非常に重要な一線となった。

 信じられないが、1年前まで地方でサッカーをしていた僕が、J2の得点王を確実なものにしようとしていた。

 

 断りの電話をしてから僕は何か吹っ切れたような気持ちで練習を重ねた。それが試合で結果となり、もう少しで形となっていこうとしていた。

 試合会場にバスがつくと、仙台サポーターの異様な声や雰囲気が包まれていた。どっちがホームかわからないくらいに僕らは敵地の気分でいた。バスをおりて足早に僕は更衣室へと歩いた。

 あれから由美とは連絡をとっていない。とりあえずこの試合を終えるまでは、サッカーに集中したかったからだ。もちろん由美もそれを感じてくれて、メールでの励まし以外は何もしなかった。

 試合開始の1時が近づくと僕は、胸がどきどきしてきた。どうなるかわからない。でも今は全力でいくしかないと。

 そして試合開始の笛がなった。

 前半から仙台はものすごいプレスで僕らに襲い掛かっていた。僕らはそれを交わすように前線に大きなロングボールを出し、それを仙台が跳ね返すような図式だった。

 監督も「とりあえず前半はたえるんだ」

そういうしかないくらい仙台は強敵だった。

 かろうじて前半は得点なしで終えたが、僕らは明らかに疲れていた。このままではやばいとおもっているが、今は疲れているみんなを休ませることだけを考えた。

 後半20分までは仙台も同じようにプレスをかけていたが、どうやら少しづつ疲れが出ているみたいだった。ベンチでは仙台は引き分けても平気ということがあったらしく、かなり弱めでもあった。そんな中、僕は相手選手と激突して担架で外に出された。軽い脳震盪で僕は意識が少し遠くに行くようだった。膝をつきながら僕は頭に水をかけながら、意識がしっかりするように目を開いて踏ん張っていた。しかし、疲れからか、僕は駄目かなと感じていた。

 そんなとき、ある声がスタンドから聞こえた。

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  移籍話

 電話の主は、仙台の強化部長からだった。

 「水戸の強化部長には事前に話をしているから安心してくれ。開幕戦から注目していて、実はJ1争いのこの時期にどうしてもFWがほしいとおもって、どうだろうか、君はもともと東北にいたから仙台にくるのは?もちろんすぐにとは言わない、いい返事をきたいしているよ。くるなら、今よりもいい待遇で迎えるつもりだから」

 仙台の強化部長は僕に移籍してこないかと聞いてきたのだ。僕は驚きを隠せずにいた。やはり年齢的にいつかはJ1にいきたいという気持ちはあるが、なにせ今は降格の危機にあるだけにすぐには返事は出せずにいた。僕を拾ってくれたのは水戸であり、プロへの門をたたいてくれた。しかし僕には時間がない。しかも仙台は現在3位で、このままいけば入れ替え戦を得て、もしかしたら来年J1にいくかもしれない。しかし今、水戸をでれば、FWがいいなくなり、チームはJFLに降格するかもしれない。僕は練習中から迷っていた。それはプレーにでて、その都度、監督に怒られた。監督も理由をしっているだけに、「今は練習に集中しろ」とだけいっている。練習が終わると、僕は那珂川のほとりに座り、由美に電話をした。由美は仕事あがりらしく、僕の電話をきいてくれた。

 「なかなか連絡とれずにごめんね。元気かい?」

「元気だよ。今は部屋の片づけしている」

僕は仙台からのオファーに関して話した。

由美は何も言わずに聞いてくれた。

僕は悩み、思いを由美に聞いてもらった。

話しているうちに心から晴れていくようだった。

話し終わると由美は一言はなした。

 「水戸に残るべきだよ。」

僕は驚いた。てっきりまたこっちに帰ってくるんだね、というとおもっていたから。

由美は続けてこう話した。

「翔がここを出て行くとき、私はこの人の足かせになってはいけないと思った。だから仙台に来るのが私のためにもと考えるなら、それは間違っている。今、あなたを必要としているのは、水戸なんじゃないかな。だって、あなたを拾ってくれたのは水戸でしょ。だったら今でるのはおかしいよ。」

由美は力強く話してくれた。僕はその言葉を受け止め、仙台の強化部長に断りの電話を入れた。

 捨てられた僕は、捨てることはもうしないと

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心の中にあるもの

 開幕戦の勝利から、水戸ホーリーホックは、10試合で5勝2敗3引き分けというスタートとなった。戦力的に恵まれていない中での結果にマスコミやサポーターも賞賛している。しかしここ4試合は勝てていなかった。しかもFWの一角ジウが怪我のため3ヶ月も出場ができないこととなってしまった。エジソン監督は、中盤を厚くしてFWを僕だけにした。つまり、カウンターのみの戦いとなってしまった。ジウがもどるまでの間に、FWを補強すると部長は話したが、簡単に見つかるはずもなく、監督もそれを考え、中盤を厚くするシステムで乗り切ると言っていた。

 しかし、現実は甘くなかった。相手のDFにしてみれば、一人しかせめて来ないわけだから、用意に守れるわけで、そのため11試合以降は勝つことはなく、11試合から20試合まで引き分けと負けしかないチームとなってしまった。まさしく選手層が薄いチームの宿命である。上位あらそいしていた僕らは、いつの間にか最下位争いをするようになってしまった。

 今年からJ2は、18チームによる2回戦方式となり、計35試合でJ1昇格とJFL降格を戦う。僕らは最下位争いをしているわけだから、入れ替え戦出場の18位、17位にはなるべくなりたくはなかたった。ジウがもどってきたが、中々二人でもこじ開けるのは厳しい状況だった。

 そんな中、ある電話が僕に届いた。

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 伝えられずにいた言葉・・・

仙台からもどるバスの中、大きな声で談笑する人もいれば、疲れて寝ている人もいる。僕はその中で、由美がくれた手紙を読みながら、揺られていた。

 手紙の内容は普段の生活から今の会社や由美の状況などである。つい最近のことなのに随分と変わってしまったなと僕が思っていると、手紙の最後の紙がそれまでと違う大きさであることに気づいた。

 その大きさの違う手紙は、日付があり、僕らが分かれた日の日付だった。

「 翔君へ

 本当なら言葉に出して伝えなきゃいけないけれど、面と向かって話すことができないので許してください。いつもの調子で話してしまいそうなので、本当の気持ちを手紙に書きます。

 あなたが会社を辞めると聞いたとき、正直不安でした。あなたはもともと地元の人ではないから、いつかはいなくなると分かていてもそれが来ないほうがいいと思って毎年年末は気にしていました。それがいつからかまた大丈夫だろうという気持ちが強くなり、いきなりの辞職に驚いています。

 あなたが私を一緒に連れて行きたいのは知っていました。女の感で、言われると感じていました。正直私もあなたのもとにいきたいと思いました。それくらい好きだから。

 あなたと一緒に暮らしたいという気持ちを両親に伝えたら、両親は暗い顔をして反対しました。昔から続く農家だけに、私と妹たちの誰かが婿をとってくらしてほしいと、妹たちは大学生のため、地元にもどるかわからない。その点、私は高校をでてすぐに働いたため婿をとるには差し支えないと思っていたみたいです。しかし、私があなたと暮らしたいといったら両親は認めてはくれませんでした。だからあなたの気持ちに伝えることができなかったんです。

 来月親からお見合いの話を受けました。JAに働く人で、婿に入っても構わないという男性です。両親はその気なので、私も断ることができませんでした。こんな田舎にあなたを閉じ込めることはできない。ごめんなさい。あなたはあなたの幸せを探してください。応援はしていきます。これからもずっとFanでいますから、体に気をつけて、怪我のないように頑張ってください。

                           江原 由美  」

 彼女の本当の気持ちがわかり、僕は彼女に一言メールを返した。

 「僕は由美をまってるよ」

 今は結果を出し続けるしかない。だから過去は振り返るわけにはいかない。ごめんねと思いながら、僕は窓の外に見える景色をみながら涙を拭いた。

 そんな僕を乗せて、バスは海沿いを水戸へと進んでいった。

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  左足の魔術師

 仙台のキックオフで始まった試合は、格上の仙台がボールをまわす展開となった。僕らはそれを知っていたので、相手FWがボールをもつと激しく奪いに行った。監督から「全員で守って、とりあえず前半はしのごう」といわれていた。

 仙台の攻撃の際はあまり声が聞こえないが、自分たちがボールを持つと、僕の応援団から声が聞こえるのが判った。やはり緊張しているのか、中々思いどうりにパスがつながらない。しかし、守備で頑張っているので点を入れられることはなかった。試合はそのまま拮抗した状態で前半を終えた。

 ベンチに引き上げるさい、応援団から温かい声がたくさん聞こえた。僕はかなりつかれていたが、その声がだいぶ心を強く勇気付けてくれた。

 ロッカールームに入ると、選手のほとんどが給水をとり、下を向いて、息を整えていた。やはり仙台は強い。はたから見ていても、うちが守勢なのはわかる。監督もしばらく声をださずに考えていた。そして選手に向かい「後半も耐えるんだ。そしてワンチャンスを生かす」とだけ伝え、選手を送り出した。

 ロッカールームからでてくる僕を見つけ、スタンドの上から由美がこう話した。

「頑張って、諦めないで」

僕はその言葉を聴くと、笑顔で手をふり、そしてピッチへと向かった。

 後半も仙台は怒涛の攻めを展開した。やはり守勢に回ることが多く、僕自身も中々ボールに触れず、前線でジウと孤立していた。

 試合も終盤に入り、点が入らないいらいらからか、仙台はDFも前に出てきていた。残り時間は5分をきって、僕はチャンスが来ていると感じていた。

 そしてそのときはおとずれた。4枚のDFのうち2枚が前に上がり、相手のミスパスをカットしたジウが僕の前にパスを出した。走りながらボールをもらった僕は、そのままマークをふりきり、スピードをあげて相手ゴールキーパーと一対一となった。本来ならシュートを普通に打つが、僕は左足でふわっと浮かしたボールを相手の頭上に越えさせた。キーパーもタイミングをはずされ、そのままゴールとなった。

 決まった瞬間僕は由美の待つスタンドに走っていった。それにつられて仲間もみんな集まる。まさか決まるとは思わず、僕は笑顔のまま由美に手を振った。彼女も周りの同僚と抱き合い、喜びを表現している。

 試合は残り5分を全員で守りきり、水戸が仙台を下した。

 ピッチに全員が集合し、挨拶を終えて、由美たちの待つスタンドに向かうと、みんなが立って拍手をしてくれた。中には鳴いている人もいる。僕はうれしさと安心感からか、少し涙を浮かべていた。まだスタートしたばかりだが、自分のとった道に間違いはないと感じたからだ。

 ロッカーにもどるとみんなが祝福してくれた。それまで険悪だった雰囲気も非常によくなっていた。監督が話した「先ず一勝」の意味がこういうことなのかと改めて勝利の意味を実感した。

 着替えを終えて、バスに乗り込む前に、Fanのかたがバスの前のフェンス越しに声をかけてきた。選手はみんな荷物を運転手に預けると、サポーターのところに行き、サインや談笑をしている。僕が現れると

「ゴールおめでとう」

という声援が聞こえてきた。僕は大きな声で

「ありがとう」

といって、サポーターのところへと歩いていった。

 一通り、話やサインをすると、由美たちが僕の前に集まった。

 職場のみんなや、チームのみんなが集まり、それぞれがねぎらいの言葉をかけてくれた。それが嬉しくて、また頑張ろうという気持ちにもなれた。

 最後に由美が手紙をくれた。

 「バスの中で読んでね」

といい、その場を彼女は立ち去った。

僕が声をかけようとしたが、次から次へと仲間のお祝いの言葉が続いたため、僕はその対応をしていたため、気づいたら由美は視線から消えていた。

 僕はバスに乗り込み、動き出した車内の中から、由美がくれた手紙を読んだ。

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  重き証

 開幕戦を3日後に迫ったあるとき、監督からじきじきに練習中に僕にキャプテンマークを手渡された。「君が引っ張って言ってくれ」そういうと監督は練習を始めた。僕は自分の左腕にあるこの黄色のキャプテンマークがどれだけ重いか実感した。この中には、今年一年チームを先導しなければならない重圧があった。ましては自分は結果を残さなければ後がない状態だ。だから僕はいつもの練習を欠かそうとは考えなかった。

 J2の開幕戦はたいてい3月の頭に行われる。今ではチーム数も増え、2回戦である。だが、年間40試合近くあるのでさすがに怪我や体調管理に気をつけないと、いつ負けが込むか判らない。そういう中での戦いである。

 開幕戦は、アウェーでの、仙台戦である。

 僕は由美に電話をし、もし時間があえば来てみて欲しいと伝えた。由美も「家族や友人、仕事仲間を呼んで見に行くから」と伝えた。僕は電話を切ると、心を落ち着かせて練習を始めた。

 当日の朝7時に練習場に集合すると、チームのバスにのり、僕らは仙台へと向かった。しばらくすると、見慣れた光景を見ながらバスは進み、僕はつい3ヶ月前にここを通ったことを想い出していた。あの頃はここでだめなら引退しかないと考えていたから、この風景をしっかりと見ることはなかったと感じていた。今は心からゆとりがある。

 福島をぬけ、仙台へとつくと、僕はスタジアムが近づくにつれ不安を覚えた。はたしてチームは戦えるのか?そればかりきにしていたが、僕はキャプテンとしてチームをまとめなければならないことに気づき、喝を入れた。

 試合開始は1時からで、僕は早めについたバスからスタジアムの中に入るまで周囲を見ていたが、由美たちは発見できなかった。そして由美の携帯に電話すると、水戸側のスタンド席に座っているときき、トラックまで携帯片手に僕は歩いていった。すでに観客は埋まっている。その中で、僕は自分の応援幕があることに気づいた。

希望の星 ☆

水嶋 翔 20

 僕はその応援幕にうれしくなり、見ていた。そうすると携帯から由美の声が聞こえ、「なかなかいいでしょ。みんなでつくったんだよ。ちなみに目線をもう少し上にしてみて」といわれ、僕は幕から視線を上げると、由美をはじめ、仕事の仲間など役40人近くがいた。僕は声をだして手を振り、開幕戦がここでよかったと感じた。

 みんなの多くがサッカーをみにきたことがないため、ある意味新鮮でよかったみたいだ。もちろんあの時自由契約になった選手、残った選手、移籍した選手もおり、僕はこの人たちの魂も一緒に戦うことを感じた。

 いったん控え室にもどると、チームの雰囲気はばらばらだった。談笑する人もいれば、集中する人もいる、監督は相手のスタメン選手の名前を見て、考え事をしている。僕が着替えをすると、監督が視線をあげてこういった

 「先ずは1点をとろう。それがスタートになる。次に勝ち点をとろう。それが自信になる。次に連勝をしよう。それが弾みをつける。最後に昇格しよう。それが夢から現実へといざなうから」とチームを鼓舞するかのように段々語尾を上げ、エジソン監督はチームを送り出した。

 選手入場がはじまり、スタメン中6人がJリーグデビューのチームが開幕戦に望んだ。

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第1章                     たった一人の練習場

 僕の入団が正式に発表され、寮の一室に荷物を置いた瞬間、僕は今まで生きてきた中で、もっとも祝福された瞬間を覚えた。しかし、同時にそれは、いつ自由契約になるかわからないプロという厳しい中にみを置いたことへの不安も在った。

 チームは若返り、いつのまにか寮には20歳前後の選手が多く、その中で僕は年輩のルーキーだ。木原さんがたまに来てはくれるが、家族もあり、またユースの面倒もあるから、基本的には僕は寮で浮いていた。

 体制が決まりつつある中で、FWは僕以外は大卒2名、高卒1名の外国籍の選手1名という流れとなった。急増とは言え、形的には0からよく集めたと思えた。そんな中、最初の練習が始まった。

 監督は、今年から変わり、ブラジル籍のエジソン氏が監督となった。彼は日本のことを知っており、母親が日系なため、ある程度の日本語は理解できるのが強みである。また育成に定評があり、若い選手は伸びるといわれていた。それだけに、僕は1年で結果を残さなければならないと感じていた。それは、僕は年齢的にもう若くはない、それだけに今年だめなら契約はないことを知っていた。だから最初の練習から目つきを変えて挑んでいった。

 練習をしながら、僕はこのチームの選手の特徴について気づいた。みんな意識が低い。そればかりか、練習が終わってもそのまま居残らず、みんな町へとでてしまう。「残らないのか?」と訪ねると、「練習したばかりだから」といってみんなそのまま消えていってしまった。練習場に残されたのは僕一人だ。

 プロチームの練習は、たいてい2,3時間が普通だ。中には6時間近くするとこもあるが、たいていは3時間が主流となっている。あとは各自に任せるのが主流となっている。しかし、みんな帰るとは思わなかった。

 一人シュート練習をしていると、隣の寮から私服姿の選手たちが、それぞれの車に乗って出かけていくのが見えた。僕はそれをよそ目に一人練習を続けた。ユースの練習がはじまるとそれに混ぜてもらい、終われば、また2時間ほどランニングを続けた。また朝は6時から2時間走った。たった一人だが、僕はその練習を続けた。誰も居残りはしない。寧ろ、僕が夜ランニング帰りに寮に付くころに、遊びから帰ってくる選手もいた。まだ20歳そこそこの選手が夜も遅くまで遊ぶというその考えに僕は理解できず、彼らと交わろうとはしないでいた。しかし、それが後に大きな問題となった。

 キャンプを終えて、地元のホーリーピッチに帰ってくると、ある雑誌の評価は最低ランクだった。その評価にある選手が「今年も最下位あらそういだから、的を得ているよ」といった。回りの選手も同調している。その姿に僕はキレた。

 

 「この評価を見てくやしくないのか?俺たちはアマチュア並みと書かれている。今年は最下位だとも書いている。正直俺はこれを見て叱りしか感じない。なのにみんなはへらへらとしている。俺はそれも許せない。」

そういうと、ドアを強くたたいて、僕はホーリーピッチへとランニングへ出かけた。

  この言葉はチーム内の雰囲気を一変させた。多くの若手が

「あんな親父の言うことを聞いてられるか」と無視をし始めた。練習でもボールはこない。パスもさけられていた。監督もコーチも明らかに変わってしまった雰囲気に違和感を感じ、選手たちにその状況を聞きまわった。そして、新聞の評価と僕の発言がでてきたのだ。

 選手全員から意見を聞いたエジソン監督は、ある日練習を終えると、僕以外の選手を寮の会議室に集めた。そして監督はこう話した。

 「みんなが思うことは、水嶋の発言が悪いということだろう。確かに彼の発言で傷ついた選手もいるかもしれないが、こういうときブラジルでは、水嶋の発言は当たり前で、むしろ彼だけがプロの意識があると認めざるを得ない。君たち日本人と違い、ブラジルでは、サッカーで生活をしていくためには、どれだけの苦労があるかわかるか。彼らは家族を養うために死に物狂いで練習し、そしてプロになるために努力を惜しまない。中には寝る時間をけづって練習をする。そうまでして努力しないとプロにはなれず、中には生活をしていけないあの貧困時代に戻る選手もいる。ブラジルではそうしてみんな努力をする。君たちはどうだ?金がないチームだからということで諦める。若いチームだから諦める。試合の前から逃げ出してないか。水嶋は誰よりも生き残るために必死だ。だからランニングに練習に誰より努力している。彼も安定した生活を捨ててこのチームに挑戦した。一年で自由契約になるかもしれない。でも彼はそれをわれわれに考えさせないように努力している。だから彼だけがレギュラーで使えるんだ。

 はっきり言おう、このままでは、シーズン途中で君たちと契約を打ち切って、他の選手を補強しても構わないと思っている。それくらい水嶋以外はひどい。

 君たちに言う。明日から気の抜いたプレーをしている場合は、そく自由契約になってもらう。努力をしている選手だけ残れる、本当の意味のプロの競争社会になるから覚悟してくれ。それが嫌なら、このチームを去ってもらってかまわない。以上」

 選手を解散させると、エジソン監督は、ブラジル人FWジウを連れて僕のそばに来た。そしてジウを同じ練習をさせるように伝えて帰っていった。僕はジウと二人きりになるとあることに気づいた。僕はポルトガル語が話せない。かろうじて通じる片言のスペイン語を使いながら、彼と会話を始めた。もちろん練習のないように付いてだ。

 僕はジウとまず、キックの確認をしていた。いわゆるシュート練習だ。最初はいろんな種類を蹴っていたジウだが、やがて飽きたのか、かれこれ10分以上も同じ言をする僕を見ていた。僕はただひたすらシュート練習をしている。そうしているとジウがこういった「なんで、こればっかり練習するの?」と。

 僕は片言で「基本だから、これが100パーセントきまるようにすれば、自身をもってシュートをうてる」と彼に伝えた、しかし彼は中々理解をしめさず、僕のいわれるままに同じ練習をしていた。

 最後のランニングが終わり、寮にもどると、その途中にある階段で、ジウの足が止まった。彼は「あれ?」と足の感覚がいつもと違うことに気づいたらしい。彼は気づいてないが、彼のシュートはいわゆる足だけのシュートだ。つまり体をつかってない。だから負荷は足だけに来る。僕の場合は、体中を使うため、足には負荷が少ない、それがジウの目の前で起きている現実だ。ランニングにしても、足の負荷をかけずに体力だけを伸ばすトレーニングをしている。だから彼との疲労の差が出たのだ。僕の大学時代に臨時のコーチでブラジルの方が見えたとき、いかに負荷をかけずに体を仕上げるかということを学んだ。だから人一倍練習しても疲れは少ないのだ。僕の説明にジウは納得し、翌日の朝からはそこを注意しながら彼はトレーニングに励んだ。

 ジウが同じトレーニングをはじて5日がたち、明らかに僕らFWの動きは違っていた。各週刊誌の評価でFWJ2の中でも上位に入るとかかれ、それが自信へと繋がった。普段の練習できをつけているため、試合ではミスが少なく確実にゴールの中にシュートを打つことが出来た。しかし、監督の期待と裏腹に、正規練習以外で居残る選手は他にはいなかった。そんな中、J2の開幕戦が近づいていた。

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第1章                     テスト

 

水戸市

に着くと、僕は木原さんに電話をした。木原さんはちょうど練習を終えて、寮に帰る途中だった。僕は場所を聴き、久しぶりに大学の先輩に再会した。

 久しぶりに見る木原さんは、以前より丸くなり、昔の面影はなくなっていた。「高校生相手にしてるから、性格も丸くなるんだ」と体型とかけて僕を和ませてくれた。その後、チームの強化部長を紹介してもらい、実際にテストは3日後となった。僕はそれまで寮の一室を借りてそこで生活をすることになった。

 しばらくすると木原さんが僕の部屋を訪ねてきてくれた。僕はちょうど練習をする気でいたから、寮の前にあるホーリーピッチで木原さんとボールを蹴っていた。そこでこのチームの状況を聞かされた。このチームは会社の上役が変わり、それに伴いスタッフも変わったらしく、それに反発をした選手が他のチームに移籍したらしく、また他のチームから主力をひきぬかれたした。その結果、FWがいなくなってしまったのだ。現時点では他のチームからの補強はなく、条件面で折り合いがつかないから、中々来てくれる人がいないらしい。つい先日行ったトライアウトでも、結果はFWは合格者なしらしい。木原さんから「強化部長はお前にきたいしているからな」と教えられ、僕は期待と不安を思えながらテストの日を待った。

 約束のテストの日、僕は、ユースの練習にまぜながら結論をだすという内容を聞かされた。最初は紅白戦の1年生のチームに入り、レギュラー組みと戦った。しかし、ボールはまったく来なかった。センタリングを上げても、精度がわるく僕には届かなく、僕が下がってきても、それをみないで後ろから放り込むだけであった。

 練習も兼ねているので、最初は20分で終わった。ともに点が入らなかったが、明らかに1年生は逃げていた。ただゴールを固めるだけのサッカーだった。僕はベンチにもどり、木原さんの指示をきくだけの高校生の顔を見て、怒りがこみ上げていた。彼らは「よくあのシュートとめたね」とか「先輩たちは調子悪いのかね」みたいに試合に集中しておらず、何のために自分たちがサッカーをするかを気づいていなかった。木原さんの支持が終わり、彼らは水に手を伸ばしていたときに僕は声をだしていた

 「亀みたいに閉じこもって面白いかい?俺は嫌いだね、勝つためのサッカーは責めなきゃいけないし、相手からボールを取らなければいけないんだから、相手を突き飛ばしてでもボールを奪うくらいの気持ちが必要だろう。お前らは部活の一つかもしれないが、俺は生活をかけてサッカーをしている。いつかお前らにもそのことが分かる。後悔をしないためにも、亀になるな」と僕はきつくいっていた。あれだけ声を荒げたのは大学以来かもしれない。

 しかし、後半になっても変わらなかった。彼らはとりあえず引いてゴールを固めた。しかし、何人かはボールをとるために必死になっていた。そして僕の前にボールがきた。はじめてきたボールをサポートなしにぼくは相手ゴールまでドリブルしていた。そして4人をぬくとゴールを決めた。相手が攻めていただけに簡単に出来たが、フィジカルやスピードがプロなみであれば成功していたからわからない。しかし、とりあえず結果はだせた。

 練習が終わると、直接強化部長は僕の前にたち、一言

 「明日、印鑑をもってきてくれ、条件面でも話したいから」といってくれた、木原さんからも「合格だぞ」といわれた。

 なにより、僕のあの言葉が、今の水戸に足りないものだったらしい。とにかく僕は、テストに合格することが出来た。

 その日の夜に家族や友人、そして由美に連絡をとった。みんな嬉しさを言葉に代えて祝ってくれた。由美も「全部はいけないけど、山形や仙台にはいくからね」と話してくれた。

 

 次の日、僕は契約書にサインをして、晴れて水戸ホーリーホックの一員となった。

 水嶋 翔 FW 

前所属  東北交通S.C

出身地  茨城県

背番号  20

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古河市のお見合い2

two 結婚に関する多くの考え方で、出逢いが少ないこともそうだが、とりあえず付き合うというのではなく、年の中では、付き合うことはしたくても、この人のビジョンの中では、私はどのポジションで、あとどれくらいなのかなと先の先まで考える傾向がある。また、男性にしても決められない優柔不断な面もある。

 中々出逢いがないものだと最近思う。もし機会があれば、同じ古河を好きな人と出会いたいものだ。

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古河市のお見合い1

bar最近しったのだが、栃木県野木町(古河市の隣)にある、レストランで、今度の7月にお見合いパーティーが行われるらしい。

事前にレストランに電話をして参加する際は、女性千円、男性2千円だそうだ。毎回30人近くの男女が参加し、カップルになる人もおり、中にはそのまま結婚する人もいる。今回で7回目だそうだ。

 実は知り合いが、約8年前に、街主催のお見合いで、今の奥さんを見つけたのが思い出させた。あの頃はネーブルパークで行われていたらしいが、近年は「やらせというか、面白半分で行く人が多い」ということで、そのようなことがきっかけで会はなくなってきている。

 意外と思われるが、最近の日本では、結婚にたどり着く出逢いが少ないという。それは、近年の若者が合コンなどで知り合う機会はあうが、けっしてそのまま結婚の付き合いにはつながらないことが多いからだそうだ。また、仕事の関係上、家との往復で中々出逢いがないとか、仕事柄(看護士、介護士、夜間の仕事)が多様化し、合コンなどの機会がないことがある。今の業界の流れで、結婚相談所が増えているが、男性が非常に高いマネーをとられる傾向にある。その仕事の人に話をきくと、このくらいのお金を高いと思うようならそれほどお金を(給料)もらえない人だと思うのが世の流れだよと答えていた。

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第1章                     さよなら大好きな人

 部長に朝一で会い、退団の意思を話すと「残念だが、仕方ない。もし、またもどることがあれば、一緒にやろう」と肩をたたいて励ましてくれた。

 僕が意思を証明した日、選手全員が集まり、最後の送別会が行われた。いつもは引退する選手があるときだけだが、今回はみんなの新しい人生にということで、全選手集まることになった。急な呼びかけだがみんな集まり、それぞれの思いを話していた。その中で僕はこう話した。「本来なら、拾ってもらったチームを離れるのはつらいけど、残された時間を考えたら、挑戦するのはこのタイミングしかないと思いました。みんなの分も頑張ってJリーガーになれるようにがんばります。」

 みんなは拍手と応援の言葉を僕にくれた。それだけでよかった。もう心残りはない。

 

 簡単な食事会が終わると、最後にみんなでミニゲームをした。さすがにオフシーズンなだけにみんな体が出来ておらず、本来の動きには遠かった。僕も怪我明けなので、体力的に厳しかった。しかし、みんなそれを気にせず、楽しく微笑みながらサッカーをしている。それだけで幸せだった。

 次の日に職場に退職願を出した。みんな事情をしているだけに、「頑張れ」という励ましが多かった。僕は花束と手紙をもらい、会社を後にした。本来なら由美がいるはずの職場は、彼女が休んだため、あっけないほど心が満たされずにいた。

 荷物をまとめ、車で海岸沿いに車を走らせていると、僕はメールが来ているのに気づき、車を近くのコンビニにとめた。メールの差出人は由美である。

 内容は

 「頑張ってね。夢を叶えて新しい人生を見つけてください」とだけ書いてあった。僕は「今までありがとう」とだけ返すとそのまま、車を走らせ、見慣れた風景をバックにこの街を後にした。

 目指すべき、

茨城県水戸市

に向かって

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第1章                     新しい季節に

 約束の日が近づき、回りの選手の中にも引退や、残留、退団と明確に示す人もでてきた。キャプテンの棚田さんをはじめ、30歳以上の人はみんな引退し、他の職業を探しているみたいだ。他のチームに移籍する選手は3人いて、全員県の下位リーグだ。残留はいまのところ4人で、未だ若いから彼らには我慢ができたのだろう。そんな中、約束の日まで進路を決めていないのは僕だけだ。

 部長からも「FWは補強していないから残って欲しい」といわれ、由美からは「離れないよね」と半ば約束のように頼まれていた。しかし、引退した人や自由契約になった人のことを考えると残留は簡単に決められずにいる。「どうせ、自分たちの中で契約しなかった分の金で、また誰かとるのだろう」という考えもあったからだ。それだけに、今のままではいけないと真剣に悩んでいた。

 そんなある日に僕に電話がかかってきた。相手は大学のときの先輩で、現在はあるJリーグチームのユースコーチをしている木原さんからだ。久しぶりに電話ではなした木原さんは、つい2年前に引退し、つてをたよってコーチをすることになったらしい。そしてそのチームのFWの選手が、移籍と自由契約と引退で、0になってしまったと話していた。企業チームではなく市民球団であるため、お金がなく、移籍金のかからない選手やアマチュアから探していると。もし時間があれば、一度練習にこないかという誘いだ。

 大学時代の友人から話を聞いた木原さんが、普通ではありえないようなチャンスをくれた。今のJリーグでは、大学を出てオファーがなければJFLで修行をして、オファーを待つ、僕のように県の1部リーグの選手はよほどのことがない限り誘われない。寧ろ26歳を過ぎていただけに、声はまずないとふんでいた。しかし、まがりなりにも練習に参加するチャンスを得た。合格するかはわからない。駄目ならフリーターになる。しかし、残留すれば半額の給料だ。僕はその夜、迷いながら、由美の家の前まで来た。そして由美に合うことにした。由美の部屋に入ると彼女はブログを書いており、僕の話はただ聞いているだけみたいな感じだ。僕は一通り話すと「最後のチャンスだから、テストを受けてくる。もし合格したら、僕と一緒に暮らさないか」と今まで考えてたこともふまえて話した。僕が言い終わると、由美は手を休め、ため息をついてこう話した。

 「気持ちは嬉しいけど、私はこの家を出ないよ」前も話したけど、私の家に来てくれるのは歓迎だけど、私はここをでることができないんだ。ごめんね」寂しくいった由美の目には涙があった。あの時、いった「うちの畑仕事」は婿をとらなければならない彼女の家の事情があったのだ。だから、彼女は男を選ぶときに先ずは家に入るかどうかを聞いてからと話していたのだ。僕は長い付き合いでありながらそのことを忘れていた。

 涙の彼女を僕ははじめて抱きしめキスをした。由美は「最後の思い出に」と僕と体を寄せ合って最初で最後のsexをした。そして僕は由美の家から旅立つことを決めたんだ。

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第1章                     決断

 自由契約となった選手がクラブハウスから去り、残された選手に、部長はこう切り出した。「残った選手は、自給を半分にしてもらう。それで契約をするかを判断してください。うちに残れば半分の給料だが1年間は生活は保障されます。来週中までに、契約をするか決めてください。」と冷たく話した。

 突然のないように納得できない僕らの中で、キャプテンを務めていた棚田さんが部長に詰め寄った「どうして急に半額になるんですか?理由を教えてください。みんな生活がかかっているんです。」棚田さんは、キャプテンらしく、みんなの気持ちを代弁してくれた。しばらく沈黙していた部長は、静かにこう話した。

 「親会社から、来年の東北2部リーグ移行に伴い、最後に開かれる、全国地域リーグ大会で3位以内に入って、JFLに入らなければチームへの出資は、半額にするといわれた。だから今年で勝負をかけるしかなく、今は10人ほど、Jリーグ出身者を移籍させる方向で動いている。つまり、3分の2を解雇し、君たちの給料を半分にした分で、その10人を採るわけだ。そして2部優勝はもちろんのこと、そのまま地域大会も勝って、JFLに加盟する。それしか、チームを存続させるすべはない。」とつめたい口調ではなした理由を肩を落としながら話した。

 その日はみんなそれぞれ帰っていったが、やはり悩みのある顔であった。当然である。給料が半額になる。しかも1年後にチームが残る可能性はないかもしれない。かといってこのままではフリーターになる。中には家族がいる人もあるのだ。

僕は小雪舞うクラブハウスをでて、ある人にあうため、車を動かした。今の僕の悩みをきいて、アドバイスをしてくれるのは、由美しかいないと思ったからだ。

 僕と由美の出逢いは、4年前になる。会社に入り、僕は総務部の預かりとなった。そこで4年目を迎えた由美の下で僕は仕事の内容を学んだ。彼女は地元の高校をでて、この会社に入ったため、僕とは同じ年でなにかと話しやすい存在である。たまに夕飯や買い物を一緒にする中であるが、恋人同士ではない。僕は毎日練習や遠征があるため、寮にかえるときにはくたくたになる。しかも仕事も普通にこなすため、遊ぶ時間はあまりない。だから由美はある意味、世話女房みたいな存在だ。

 由美は近くのレストランであうことになっていたから、僕は店につくと周りを探した。一足速く由美は来ており、メニューを選んでいた。

 由美のいるテーブルにつくと、彼女はメニューをおろし、「来年はいくら昇給するの?」と聞いてきた。毎年のことだから本来ならこれで構わないのだが、今年はそうも行かなかった。僕は彼女に事情を説明すると、「潮時かもね」と言われた。

 彼女は、近所に住んでいた子で、Jリーグチームを自由契約になったのでこっちに帰ってくると話していたのを聞いていたらしく、歳なども考えると25歳以下の選手がそろうから、「翔はおじさんになるね。引退すれば?」と人事のように話している。僕は「まだできるとは思うけど、さすがにこれでは家族を養えないよ」と力なく話した。由美はすかさず「うちに来て畑仕事すれば?親も後継者捜しているし」とまたメニューを見ながら話していたが、僕は心はここにいなかった。正直他のチームからも話はある。しかし、また下のリーグに行くのは抵抗があるし、かといって、このままでは、貯金も残らないような生活になる。僕の心は葛藤の毎日となっていった。そんな中、由美は変わらずに接してくれた。

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第1章    26歳のクリスマス

20XX年12月、企業チームでサッカーをする僕は、毎年12月を迎えるのが、胃がいたくなるくらい嫌いだ。

 企業チームの多くが、毎年多くの新人を迎えるためにこの時期から準備をする。年によっては、半数以上が入れかわるときもある。大体が年を重ねて、選手としてこれ以上成長がない場合や、怪我が多い人、または、チームの方針と合わないときが契約をしないときが多い。僕はこの年のリーグ戦で、全試合に出ていた。しかし、最後の試合で怪我をして、それが全治3ヶ月と診断された。正直不安がたくさんよぎっていた。

 僕の所属する企業チームは、県の1部リーグにあり、その上に東北2部、1部とあり、その上のJFLがアマチュアの最高峰である。Jリーグは、さらにその上であるため、なかなか上にあがるのは厳しい世界だ。大学時代は、東京都大学リーグ3部でプレーし、4年時は得点王にもなって、チームを2部に昇格させた実績があったが、僕にはJリーグからは、話はなかった。結局、生まれ育った茨城県ではなく、東北の企業チームに契約社員扱いで入団が決まった。今から4年前になる。その時は、自給2000円くらいである。月曜から金曜まで朝八時から夕方の五時まで働き、その後、7時から2時間サッカーをする。土曜は練習試合をし、日曜が大会やリーグ戦だ。加入当初は、大学卒が4人しかおらず、後は高校での選手ばかりだ。いわゆるで戻りJリーガーはおらず、僕らがすぐレギュラーででれる程度のチームだった。

 僕がこの街に来た当初は、まだ雪があり、特別街が僕たちを意識するような雰囲気がなくて、案外僕の地元に似ていて好きだった。

 1年目からレギュラーで出ていた僕は、4年間でチームを県リーグの1部にまで昇格した実績がある。毎年リーグの得点王になっていたため、まさか「クビ」はないとふんでいたが、どこかで、この怪我は危ないかもと感じていた。そんなある時、僕と同期の高校卒選手を中心に3分の2が戦力外として、契約をしないと発表された。例年であれば、まず契約をする選手が先に条件を話し合い、次に契約をしない選手との話し合いになることが普通である。これは、契約をしたい選手の中には、引退や、他のチームに移籍などさまざまなことがあるため、契約をある程度すまし、その中で、戦力外候補の中から、残留させる選手を決めて、戦力の調整をするのだ。しかし、今年は違った。部長から「選手全員とはなす」といわれていただけに、みんな来年はどうなるかを心配していた。そんな中、3分の2の選手が、みんなの前で自由契約となった。

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