第1章 たった一人の練習場
僕の入団が正式に発表され、寮の一室に荷物を置いた瞬間、僕は今まで生きてきた中で、もっとも祝福された瞬間を覚えた。しかし、同時にそれは、いつ自由契約になるかわからないプロという厳しい中にみを置いたことへの不安も在った。
チームは若返り、いつのまにか寮には20歳前後の選手が多く、その中で僕は年輩のルーキーだ。木原さんがたまに来てはくれるが、家族もあり、またユースの面倒もあるから、基本的には僕は寮で浮いていた。
体制が決まりつつある中で、FWは僕以外は大卒2名、高卒1名の外国籍の選手1名という流れとなった。急増とは言え、形的には0からよく集めたと思えた。そんな中、最初の練習が始まった。
監督は、今年から変わり、ブラジル籍のエジソン氏が監督となった。彼は日本のことを知っており、母親が日系なため、ある程度の日本語は理解できるのが強みである。また育成に定評があり、若い選手は伸びるといわれていた。それだけに、僕は1年で結果を残さなければならないと感じていた。それは、僕は年齢的にもう若くはない、それだけに今年だめなら契約はないことを知っていた。だから最初の練習から目つきを変えて挑んでいった。
練習をしながら、僕はこのチームの選手の特徴について気づいた。みんな意識が低い。そればかりか、練習が終わってもそのまま居残らず、みんな町へとでてしまう。「残らないのか?」と訪ねると、「練習したばかりだから」といってみんなそのまま消えていってしまった。練習場に残されたのは僕一人だ。
プロチームの練習は、たいてい2,3時間が普通だ。中には6時間近くするとこもあるが、たいていは3時間が主流となっている。あとは各自に任せるのが主流となっている。しかし、みんな帰るとは思わなかった。
一人シュート練習をしていると、隣の寮から私服姿の選手たちが、それぞれの車に乗って出かけていくのが見えた。僕はそれをよそ目に一人練習を続けた。ユースの練習がはじまるとそれに混ぜてもらい、終われば、また2時間ほどランニングを続けた。また朝は6時から2時間走った。たった一人だが、僕はその練習を続けた。誰も居残りはしない。寧ろ、僕が夜ランニング帰りに寮に付くころに、遊びから帰ってくる選手もいた。まだ20歳そこそこの選手が夜も遅くまで遊ぶというその考えに僕は理解できず、彼らと交わろうとはしないでいた。しかし、それが後に大きな問題となった。
キャンプを終えて、地元のホーリーピッチに帰ってくると、ある雑誌の評価は最低ランクだった。その評価にある選手が「今年も最下位あらそういだから、的を得ているよ」といった。回りの選手も同調している。その姿に僕はキレた。
「この評価を見てくやしくないのか?俺たちはアマチュア並みと書かれている。今年は最下位だとも書いている。正直俺はこれを見て叱りしか感じない。なのにみんなはへらへらとしている。俺はそれも許せない。」
そういうと、ドアを強くたたいて、僕はホーリーピッチへとランニングへ出かけた。
この言葉はチーム内の雰囲気を一変させた。多くの若手が
「あんな親父の言うことを聞いてられるか」と無視をし始めた。練習でもボールはこない。パスもさけられていた。監督もコーチも明らかに変わってしまった雰囲気に違和感を感じ、選手たちにその状況を聞きまわった。そして、新聞の評価と僕の発言がでてきたのだ。
選手全員から意見を聞いたエジソン監督は、ある日練習を終えると、僕以外の選手を寮の会議室に集めた。そして監督はこう話した。
「みんなが思うことは、水嶋の発言が悪いということだろう。確かに彼の発言で傷ついた選手もいるかもしれないが、こういうときブラジルでは、水嶋の発言は当たり前で、むしろ彼だけがプロの意識があると認めざるを得ない。君たち日本人と違い、ブラジルでは、サッカーで生活をしていくためには、どれだけの苦労があるかわかるか。彼らは家族を養うために死に物狂いで練習し、そしてプロになるために努力を惜しまない。中には寝る時間をけづって練習をする。そうまでして努力しないとプロにはなれず、中には生活をしていけないあの貧困時代に戻る選手もいる。ブラジルではそうしてみんな努力をする。君たちはどうだ?金がないチームだからということで諦める。若いチームだから諦める。試合の前から逃げ出してないか。水嶋は誰よりも生き残るために必死だ。だからランニングに練習に誰より努力している。彼も安定した生活を捨ててこのチームに挑戦した。一年で自由契約になるかもしれない。でも彼はそれをわれわれに考えさせないように努力している。だから彼だけがレギュラーで使えるんだ。
はっきり言おう、このままでは、シーズン途中で君たちと契約を打ち切って、他の選手を補強しても構わないと思っている。それくらい水嶋以外はひどい。
君たちに言う。明日から気の抜いたプレーをしている場合は、そく自由契約になってもらう。努力をしている選手だけ残れる、本当の意味のプロの競争社会になるから覚悟してくれ。それが嫌なら、このチームを去ってもらってかまわない。以上」
選手を解散させると、エジソン監督は、ブラジル人FWジウを連れて僕のそばに来た。そしてジウを同じ練習をさせるように伝えて帰っていった。僕はジウと二人きりになるとあることに気づいた。僕はポルトガル語が話せない。かろうじて通じる片言のスペイン語を使いながら、彼と会話を始めた。もちろん練習のないように付いてだ。
僕はジウとまず、キックの確認をしていた。いわゆるシュート練習だ。最初はいろんな種類を蹴っていたジウだが、やがて飽きたのか、かれこれ10分以上も同じ言をする僕を見ていた。僕はただひたすらシュート練習をしている。そうしているとジウがこういった「なんで、こればっかり練習するの?」と。
僕は片言で「基本だから、これが100パーセントきまるようにすれば、自身をもってシュートをうてる」と彼に伝えた、しかし彼は中々理解をしめさず、僕のいわれるままに同じ練習をしていた。
最後のランニングが終わり、寮にもどると、その途中にある階段で、ジウの足が止まった。彼は「あれ?」と足の感覚がいつもと違うことに気づいたらしい。彼は気づいてないが、彼のシュートはいわゆる足だけのシュートだ。つまり体をつかってない。だから負荷は足だけに来る。僕の場合は、体中を使うため、足には負荷が少ない、それがジウの目の前で起きている現実だ。ランニングにしても、足の負荷をかけずに体力だけを伸ばすトレーニングをしている。だから彼との疲労の差が出たのだ。僕の大学時代に臨時のコーチでブラジルの方が見えたとき、いかに負荷をかけずに体を仕上げるかということを学んだ。だから人一倍練習しても疲れは少ないのだ。僕の説明にジウは納得し、翌日の朝からはそこを注意しながら彼はトレーニングに励んだ。
ジウが同じトレーニングをはじて5日がたち、明らかに僕らFWの動きは違っていた。各週刊誌の評価でFWはJ2の中でも上位に入るとかかれ、それが自信へと繋がった。普段の練習できをつけているため、試合ではミスが少なく確実にゴールの中にシュートを打つことが出来た。しかし、監督の期待と裏腹に、正規練習以外で居残る選手は他にはいなかった。そんな中、J2の開幕戦が近づいていた。
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